環境ビジネス情報発信 コラム

環境ビジネス情報発信 コラム Vol.12

さかいIPC環境ビジネス研究会
環境ジャーナリスト 富永 秀一
富永 秀一氏

Vol.12「自由貿易は必ず正義か」

企業連合を作ってTPPに力を入れるアメリカ

TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の交渉に日本が参加するべきか否か、盛んに議論が行われています。TPPは、工業製品、農産品など全品目の関税を撤廃し、国や自治体による物品、サービスの調達、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどのすべての非関税障壁を撤廃し、自由化しようという協定です。

すでに2006年に、ニュージーランド、シンガポール、チリ、ブルネイの4か国で成立し、発効しています。現在、アメリカが主導する形で、オーストラリア、ベトナム、ペルー、マレーシアが参加に向けて交渉中です。

アメリカはTPPの為に企業連合をつくり、金融、保険、通信、建設、航空宇宙、エネルギー、食品、農業、医薬など様々な業界が政府に要求をし、アメリカ企業に有利な内容にするよう働きかけています。例えば、アメリカから見て参入を妨げていると見なせる規制などがあった場合、非関税障壁だとして、その国の政府を訴え、損害賠償を請求できるようにするよう求めています。

このようにアメリカが手ぐすね引いて待っている所に、日本は国内の議論も態勢も不十分なまま、飛び込もうとしています。

日本のメリット・デメリット

日本の企業の中には、関税撤廃によって、輸出が増える事を期待する声があります。

しかし、各国の工業部門の関税はもともとあまり高くありません。例えば、アメリカの自動車の関税はわずか2.5%です。2万500ドルの車が2万ドルになったからといって、劇的に売れるようになるでしょうか。また、この金額差は、わずか2円、円高になっただけで吹き飛びます。他の国の中には関税が高めの所はありますが、市場規模が小さく、大きな経済効果は見込めないでしょう。

内閣府の見解でも、TPP参加によるGDP押し上げ効果は、10年間で2.7兆円、つまり年間2700億円程度なのです。

それに対し、関税撤廃となった場合日本の農業は大打撃を受けるでしょう。例えばコメの関税は778%相当ですが、これが撤廃されると、日本人の味覚にも合う短粒米が大量生産されるようになり、10kg1000円だとか、場合によっては500円程度で店頭に並ぶようになるかもしれません。日本の主食を外国に頼る事になる心配があります。

コメを交渉対象から除外すればいいという意見もありますが、農産品の除外を求めたカナダが門前払いされたり、アメリカが乳製品や砂糖の除外を求めてもニュージーランドが難色を示していると言われますから、やはり関税ゼロという原則は固いようです。

農家への補償を厚くすれば良いという意見もありますが、これまでは関税として外国から取っていたのに、補償するために税金を投入するわけです。農林水産省は、毎年3兆円農業予算を増やす必要があると試算しています。そこまでは行かなくても、半端な金額ではすまないでしょう。それができなければ、多くの農家が農業を続けられなくなるでしょう。

安い外国人労働者を雇えるようになるかもしれませんが・・・

企業にとってメリットになるかもしれないのは、外国人の雇用に対する規制撤廃でしょうか。単純労働の為に外国人を雇えるようになれば、人件費を大幅に圧縮できるでしょう。

しかし、その分、日本人の雇用は失われますし、輸入品価格の下落も、人件費の削減も、ますますデフレを進行させます。物に対する通貨の価値が高まりますから、円高はさらに進む可能性があります。関税削減、生産コスト削減の効果も、円高になればあっという間になくなる一方で、農業は立ち直れないダメージを受ける可能性があるのです。

他にも、医療保険制度や共済制度も、簡易保険制度も、アメリカの保険会社にとっては参入障壁ですから、撤廃を要求される可能性がありますし、公共事業の入札においても外国企業と同じ土俵で闘わなければならなくなるでしょう。大阪府内、日本国内の企業を優遇したと判断されれば、損害賠償を請求されるようになるかもしれないわけです。

TPP参加は、日本にとってメリットが少ない割に、デメリットが非常に大きいと言えるのではないでしょうか。

自由貿易は必ず正義か

そもそも、自由貿易は必ず正義だと言えるでしょうか。TPP参加に積極的な人は、関税を撤廃し、自由貿易を推進すれば、国際分業が進み、国際経済全体として利益が拡大すると主張しています。

しかし私は、この原則はある程度進める事は良いですが、徹底すべきではないと考えます。なぜなら、この自由貿易、自由化を徹底させると、経済構造の単純化が進み、多様性が失われるからです。

生物の多様性が重要だとされる理由の一つは、多様である事による「強さ」です。

例えば、ある池に一種類の魚しかいなければ、その魚に病気が流行し、全滅してしまえば、池に魚がいなくなってしまい、漁師も失業します。

それに対して、何百種類も魚がいれば、少しの種類がいなくなっても魚はまだまだいますし、漁師も、捕る魚の種類を変える必要はあるかもしれませんが、失業はしないでしょう。

このように、多様であることは強さ、安定に繋がるのです。

経済問題ではレアアースが良い例です。レアアース自体は、世界の様々な国で産出されます。しかし、中国が徹底的な低価格化を進めて、他の産地をほぼ壊滅状態にしてしまいました。

その上で、中国が突然輸出に制限をかけたため、日本をはじめ、レアアースを必要とする各国は大混乱に陥ってしまったのは記憶に新しいでしょう。

もしコスト効率ばかり追求せず、多様な産出国を確保していれば、このような事態はさけられたでしょう。

多様性は「強さ」

また、東日本大震災でも、今のタイの洪水でも、製品の生産ができなくなったり、部品の供給が滞って、生産量を減らさざるを得なくなった企業がかなりありますが、これも、同じ製品、部品について、多様な生産拠点を確保しておけば、ダメージを抑えられたはずです。

同じ製品を多様な場所、多様な環境で生産する事にはメリットがあるのです。同じ農作物を様々な国で作っていれば、一国が天候不順や災害で生産できなくなっても、他国の生産物で補うことができます。もし自由貿易を推進して関税を撤廃した結果、低コストで生産できる国だけが残った後、その国の作物が災害で全滅したら、その作物は全世界で手に入れられなくなってしまいます。

WTO(世界貿易機関)の体制のもと、今までにかなり各国の関税撤廃は進んでいます。それでも各国が残している関税にはそれなりに理由があるはずです。自国の産業、作物を守る為に設けている訳です。

日本において、コメの関税撤廃に抵抗があるように、各国でも抵抗があります。アメリカとのFTA(自由貿易協定)を批准しようとしている韓国でも、関税や規制の撤廃、投資家対国家紛争仲裁制度の導入などに抗議するデモが起きています。

関税や規制の撤廃や削減は、各国の事情に配慮しながら、慎重に進めるべきものではないでしょうか。日本に、経済発展の足かせとなっている規制が多数ある事は確かですし、減反しながら価格を維持するような今の農業政策が良いとも思いませんが、これらの改革はTPPの力を借りるのではなく、自国内の努力によって進めるものでしょう。

経済利益ばかり過度に追求する事は、グローバル企業のメリットにはなるかもしれませんが、各国で地元の産業を衰退させ、経済の多様性を失わせていきます。それは日本にとっても世界経済にとっても大きなリスクにつながると思うのです。

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